スペイン人の友人ベゴーニャさんが最近、彼女のお祖母様が20年代初頭に撮ったという写真を送ってきてくれました。
メールに添付されてた写真は自宅に飾ってあるものをベゴーニャさんが撮ったものなのか、額入り白黒写真で、中には短髪で日本の着物を羽織って微笑む20代のお祖母の上半身が。
ベゴーニャさんは、
「祖母は、ジャポニズムが流行った時代に生き、そして日本をとても愛していたの。彼女が生きていたら、一緒に日本に行きたかったし、そして彼女もきっとあなたに会いたがったと思う。」
と書いてきました。
私の海外の友人達が日本を好きになったきっかけは、日本文学だったり、日本映画、日本の工芸品、はたまたアニメや漫画だったり。中にはそれに加えて、「子どもの頃通ったバイオリン教室の友達に日本人の男の子がいた」「60代なのに家族を残して留学していた日本人建築家が大学にいた」「会社の同僚のお祖父さんが日本にいたとき集めた根付を見てから」ということで、より日本に興味を持った人もいます。
ベゴーニャさんの場合は「母が何かのオークションで手に入れたという鎌倉彫の小箱がすばらしいものだった」「娘が日本語を習っている(そのきっかけは、お嬢さんが自主的に選んだのかどうか、不明)」というのがきっかけであるだけだろうと思っていましたが、彼女、そしてお嬢さん共、毎日着物姿のお祖母様の写真を見ていたわけですね。
ベゴーニャさんのお母様とて、鎌倉彫の小箱を手に入れたのは、彼女の母親であるベゴーニャさんのお祖母様の影響もあってのことだったのでしょう。
そのベゴーニャさんが、私にお祖母様の写真を送ってきてくれたのは、彼女がマドリッドのジャポニズム展で見た、ピカソが描いた貞奴の絵を送ってきて、質問をしてきたのがきっかけでした。
「私は貞奴のことは今まで知らなかったけど、日本では有名?」
貞奴こと川上貞奴のことは、日本の近現代に海外で活躍した日本人に興味がある私は知っていましたし、そういうものに興味がない人たちでも、嘗てNHK大河ドラマ『春の波濤』で松坂慶子が演じたり、舞台になっているので、比較的よく知られていると思います。
が、今はどうでしょう。
「彼女は、昔よく知られていました、が、若い人はあまり知らないのではないですか。しかし、ピカソが彼女を描いていたのは、私は知りませんでした。ありがとう。」
と彼女に返事をし、貞奴のことが書いてある英語のリンクなどを送りました。
今回貞奴の文献を改めて調べて気が付いたのは、貞奴が川上音二郎亡き後、一緒に住んでいた福沢桃助(福沢諭吉の娘婿、養子)の実の妹が、杉浦翠子という歌人で、彼女は杉浦非水の妻だということ。
多摩美大 杉浦翠子
http://www.tamabi.ac.jp/idd/tau-history/hisui/suiko.html
杉浦非水 多摩美大
http://www.tamabi.ac.jp/idd/tau-history/hisui/hisui.html
非水は日本に欧州のアールヌーボーやデコを取り入れました。
また、これも偶然知ったことですが、音二郎と貞奴が一度自分の養女にして、アメリカで手放してきた子(音二郎の姪)青木鶴子は、後の日本人初の国際的映画俳優早川雪洲の妻だとのこと。
ウィキペディア 青木鶴子
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%92%E6%9C%A8%E9%B6%B4%E5%AD%90
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A9%E5%B7%9D%E9%9B%AA%E6%B4%B2
貞奴は日本人初海外で有名となった女優で、元養女の夫が日本人初の国際的男優で、ともに欧米人を夢中にさせたというのは面白いです。
ベゴーニャさんは「もしお祖母様が今生きていたならあなたに・・・」と言ってくれましたが、私は「ベゴーニャさんのお祖母様の時代にベゴーニャさんと私でタイムスリップしたかった。」と、これまたありえぬことを願ってしまいました。
いずれにしても、ベゴーニャさんと私が偶然知り合えたのは、このお祖母様のお引き合わせだったのかもしれません。