Why I Write

gooブログ”Various Topics 2"より引っ越し(2025年8月24日)

シチリア、コルシカ~欧米ネットワーク

「セレブリティ」と「鉛の兵隊」-8(BCCIの設立者がシーア派パキスタン人だったわけ)

うん、こうして考えると、ルクセンブルクを拠点とした国際商業銀行(BCCI)の設立者が、シーア派パキスタン人であったことも納得できました。 BCCIについては、何度か記事に書いていますが、その一本はこちら。 afternoon-tea-club-3.hatenablog.com 改めて…

西洋人と「言葉の壁」-4(ナポレオンは何か国語できた?~)

そういえば、2023年に調べていたナポレオン・ボナバルトー ナポレオンが大物になった背景-1(ジャン・ピエール・バシャッソン~クロード・ペリエ) - Why I Write ナポレオンが大物になった背景-2(オルレアン公とカリオストロ) - Why I Write ナポレオン…

エミール・ガレの時代-6(エマニュエル・アレーヌと”コティ”)

ドレフュス事件のことを書きましたが、ここで思わぬ人物に思い当たりました。 afternoon-tea-club-3.hatenablog.com で紹介したエマニュエル・アレーヌというコルシカ出身の議員が、パナマ事件の被告であり、ドレフュス事件にかかわっています。 Emmanuel Ar…

80年代映画『ラ・ブーム』~映画人脈-12(コルシカマフィアとフランス政府・ベッケル監督とセザンヌ)

前回の記事 80年代映画『ラ・ブーム』~映画人脈-11(ピエール&クロード・ブラッスール親子) - Why I Write 最後の方の、ジョゼ・ジョバンニの話からー クラン・モンタナ火災にバーのオーナーが、コルシカギャングと言われていて、 afternoon-tea-club-3.…

コルシカマフィアとフランスの高官・「BCCI」を調べるとわかること

前回の記事 afternoon-tea-club-3.hatenablog.com で、「プチ・バー・ギャング」というコルシカのマフィアの話を書きましたが、このマフィアとクラン・モンタナのバーのオーナーのジャック&ジェシカ・モレッティがここの構成員であるかないかはわかりません…

クラン・モンタナのバーが「安全検査」を逃れていた理由は?・コルシカの「プチ・バー・ギャング」

火災で多くの被害者を出したクラン・モンタナのバー。 なぜスイスで火災安全検査を潜り抜けてきたのか気になっていましたが、どうやらここのオーナーが売春と誘拐で刑務所に入っていたことがあるようです。 Swiss police probing Crans-Montana ski resort f…

「オリエント」-1

少し前の記事 「ジャン・リュック・ゴダール」と「ピカソ」-6(オリエント銀行とジュリアン・モノー) - Why I Write 「ジャン・リュック・ゴダール」と「ピカソ」-番外編(フェニキア計画) - Why I Write から: 今書いている”「ジャン・リュック・ゴダ…

「フィリッポ・ナルディ」を再調査-9(ナルディのフィクサーはコルシカ貴族?)

カルロ・ポッツィ・ディ・ボルゴに話を戻せば、彼は、イタリア、フランス、スウェーデン、ロシア、イギリス、そしてポーランドのチャルトリスキ一族とのパイプがありました。(ジョセフの代でアメリカが加わりました。) このパイプが、彼の兄弟の孫である、…

「フィリッポ・ナルディ」を再調査-8(コルシカ独立派とジョセフ・ボッツォ・ディ・ボルゴ)

「Terra Corsa」の歌は、コルシカの独立派の歌です。 「コルシカ」と言えば、ナポレオン・ボナパルトの出身地ですが、コルシカ人は、彼よりも、パスカル・パオリを英雄視しています。 「Terra Corsa」のビデオの最後に出る、「ムーア人の横顔」を旗に選んだ…

「フィリッポ・ナルディ」を再調査-7(グラディオ作戦・・その前に「Terra Corsa」)

「フィリッポ・ナルディ」と「エウジェニオ・チェフィス」が繋がったところで、 「フィリッポ・ナルディ」を再調査-6(ペローネ家を乗っ取ったエウジェニオ・チェフィスとロッジP2) - Why I Write ナルディが間接的に「グラディオ作戦」に繋がっていったと…

「フィリッポ・ナルディ」を再調査-5(イタリア商業銀行)

ジャンニ・アニエッリの父親、ジョパンニ・アニエッリの判断になりますが、2023年1月のブログ記事 トリエステの近現代史-14(AGIP創設とジョパンニ・アニエッリとジョゼッペ・ウォルビ) - Why I Write で引用させてもらった記事には、こう書かれています。…

ナポレオンが大物になった背景-14(フランス銀行、サンシモン主義者)

昨年から調べだした、「ナポレオンはなぜ大物になれたか」。 時系列を無視し、寄り道しながら書いてきました。 ナポレオンが大物になった背景-1(ジャン・ピエール・バシャッソン~クロード・ペリエ) - Why I Write ナポレオンが大物になった背景-2(オル…

ナポレオンが大物になった背景-13(ギリシャのユダヤ人とサンジョルジョ銀行)

ナポレオンとコルシカ、ギリシャを調べていて、キーワードとしてでてきたものに「サンジョルジョ銀行」があります。 サン・ジョルジョ銀行 - Wikipedia サン・ジョルジョ銀行(イタリア語:Banco di San Giorgio[1], 英語:Bank of Saint George)はヨーロッ…

「反ユダヤ主義が高まっているからコルシカにユダヤ人移住を」…!?

今年10月31日の記事: コルシカで19件の爆発 - OVNI| オヴニー・パリの新聞 (ovninavi.com) コルシカ島各地で深夜に計19件の爆発が起きた。ガスボンベなどを使った爆発物によるもので、多数の別荘、旧税務署、不動産屋などが被害に。負傷者なし。翌日、コル…

ナポレオンが大物になった背景-12(コルシカに移住したトレビンゾ皇帝の子孫)

ナポレオンが大物になれたきっかけは、コルシカに駐在していたフランスのマルブフ総督の縁。 このマルブフ総督はもちろん、ルイ16世にとってもVIPであったのが、ステファノポリ家。 Demetrio Stefanopoli - Wikipedia デメトリオ・ステファノポリ(Demetrio …

ナポレオンが大物になった背景-11(「コルシカ」とナポレオン)

「コルシカアドべンチャー」というサイトの歴史のページに、書いてある文章- History of Corsica (corsica-aventure.com) 抜粋google翻訳: ナポレオン・ボナパルトは、おそらく世界で最も有名なコルシカ人です。 1769 年 8 月 15 日にアジャクシオで生まれ…

ナポレオンが大物になった背景-10(コルシカのギリシャ移民とポッツォ・ディ・ボルゴ)

ナポレオンが大物になった背景-4(ヴァランスとマルブフ伯父、甥) - Why I Write の、「コルシカでナポレオンの面倒をみた父マルブフがコルシカでギリシャ移民の為に村を建設」というのが気になっていて、改めて調べてみたら、このような記事を見つけまし…

ナポレオンが大物になった背景-7(ナポレオンの母親の異父弟ジョセフ・フェシュ)

昨日の記事の末尾で紹介したのは「ヘブライの館」さんの記事。 サン・ジェルマン伯爵の謎〈後編〉 (client.jp) この記事に書いてある「フェッシュ」- 抜粋: ある日ナポレオンの腹心の部下のひとり、フェッシュが作戦上の意見を述べようとしたことがある。し…

革命と戦争、コルシカとカルボナリ-9(コルシカ人フランソワ・コティ)

コティのことは今までも何度か取り上げて、wikipediaも何度か紹介していますが、今回はコティの「コルシカ人の政治運動家」としての面を知るために、「政治」部分のgoogle翻訳を貼り付けます。 François Coty - Wikipedia 抜粋google翻訳: 1923年、接戦の末…

戦争と革命、コルシカとカルボナリ-8(パナマ贈賄事件とドレフュス事件)

2017年にマルタでジュ―ナリストが殺されました。 マルタのジャーナリスト暗殺事件 - Why I Write この事件を追っていたマルタの女性政治家が、2022年1月に欧州委員会の議長に選出されました。 欧州議会新議長のロベルタ・メツォラ議長とパナマ文書 - Why I W…

革命と戦争、コルシカとカルボナリ-7

前回の記事 革命と戦争、コルシカとカルボナリ-6 - Various Topics 2 (goo.ne.jp) で、紹介した日本語版wikipediaに、 「シャルル10世やメッテルニヒはボルゴがフランスの自由主義の背後にいると非難をした」という文言が出てきます。 「反ナポレオン」と言…

革命と戦争、コルシカとカルボナリ-6

ポッツォ・ディ・ボルゴ家には、ジョセフのように反フリーメイソンになるものもいれば、フリーメイソンの大役になる人もいます。反ナポレオンで有名になった一族が、ナポレオン生誕200年を祝う-同じ家系から出ても、相反するものを支援する人が出るのは当た…

革命と戦争、コルシカとカルボナリ-5

コルシカの話はここからでした。 『ミュンヘン』から『ボルサリーノ』そしてアルジェリアとコルシカ-1 - Various Topics 2 (goo.ne.jp) 『ミュンヘン』から『ボルサリーノ』そしてアルジェリアとコルシカー2 - Various Topics 2 (goo.ne.jp) コルシカマフ…

革命と戦争、コルシカとカルボナリ-番外編(Terra Corsa)

コルシカの旗の絵を「パオリはムーア人ではなくて、エトルリア人にしたのではないか?」と書きましたが、いろいろ調べていくうちに、「パオリは「遠くをみつめる奴隷」を自分たちに当てはめて使い、独立を成し遂げた時に改めい旗をつくるつもりだったのでは…

革命と戦争、コルシカとカルボナリ-4

パスカル・パオリの息子世代のナポレオン・ボナパルト。 このナポレオンより7歳年上で、ナポレオンと同じく親仏家のイタリアの革命家に、フィリッポ・ヴォナローティがいました。彼の家系は「ミケランジェロ・ヴォナローティの家系に属する」と言われている…

革命と戦争、コルシカとカルボナリ-3

コルシカの旗と、サルディーニャの旗に使われているムーア人は「成敗されたムーア人」「戦勝品の首」という説が有力ですが、ほんとうにそうだったのでしょうか? ムーア人の首を使ったスペインのアラゴンの紋章では、ムーア人に目隠しをしてありますが、コル…

革命と戦争、コルシカとカルボナリ-2(ムーア人)

前回の記事で書いた「ムーア人建築」。 「ムーア人」のウィキペディアから抜粋。 ムーア人 - Wikipedia 抜粋: ムーア人(英: Moors、西: Moro)は、中世のマグレブ、イベリア半島、シチリア、マルタに住んでいたイスラム教徒のことで、キリスト教徒のヨーロ…

革命と戦争、コルシカとカルボナリ-1

コルシカ人という、フランスから見て「2流市民的:だったナポレオン・ボナバルトがフランスの英雄になりました。 コルシカではナポレオンの父親の上司だったのが、コルシカ独立を目指したパスカル・パオリ。 パスカル・パオリ - Wikipedia パスカル・パオリ…

『ミュンヘン』から『ボルサリーノ』そしてアルジェリアとコルシカー2

『ボルサリーノ』の主人公たちのモデルと背景の話は、ヴィシー政権や、コティ、スタヴィスキー、フィリッポ・ナルディ国際スパイと繋がっていくようですが、また改めて。 『ミュンヘン』の舞台は1972年から始まります。 アルジェリアからの引揚者たちの一部…

『ミュンヘン』から『ボルサリーノ』そしてアルジェリアとコルシカ-1

映画『ミュンヘン』とイスラエル-番外編(ルイとパパはアルジェリア系フランス人) - Various Topics 2 (goo.ne.jp) の中で、「ルイとパパが、アルジェリア出身フランス人で、おそらくコルシカ系、アルメニア系マフィアと繋がりがあるのだろう」ということ…